一生懸命な人の力になる
各界の名士、人生の達人から人間学を学ぶ雑誌「致知(ちち)」の創刊に30歳で一編集員として携わって丸25年。軽佻浮薄な世の時流や流行に流されることのない「硬い」雑誌にその人生を投じてきた。
転職で入社して間もなく、その情熱と実力が認められ、31歳で編集長に就任。44歳で社長になった。「致知」は世におもねらないだけに、大量に売れる本ではなかったが、定期購読の通信販売を中心にして、発行部数約6万8千部の雑誌に育て上げてきた。
「創刊したころは、高度成長に世が浮かれ始めていた時期だった。しかし、いつの時代にも一生懸命生きている人がいるはずと信じ、そんな人たちの力になりたいと思った」
大切にしているのは会社に「気」をみなぎらせること。月に一度は社員とミーティングをして、2時間近く自らの考えを徹底的に訴える。その理由を「会社というのは、共通の理念がないと成立しない。社員をひとつの理念に向けていくのが社長の仕事」と語る。
時に社員に反発される事があっても、曲げない。「読者を感動、感激させるためには、まず本を作っている会社の人間が尊敬される人間でなくてはならない。そう力強く語った。
|